ロマンチックバカンス★ボラボラ

プロローグ:楽園への切符。


「あ」
「あー!」
「あれ」
「……げ」

青春台商店街50周年記念大抽選会。
ど派手なのぼりの翻る簡易テントの前で、かくして四人は顔を合わせた。
反応は四者四様、しかしそれぞれ両手いっぱいに持った袋は。

「あーおチビ達もゲットしたんだー?俺達も朝から並んでさぁ」
「この人がどうしてもって言うんで」
「あーん?消耗品舐めんなよ。お一人様二個までなら当然二人で並ぶだろーが」
「…跡部とトイレットペーパーって、何だか笑える構図だね」

トイレットペーパーロール12個入りの特売。
そしてその大セールは、のぼりが謳う青春台商店街の、記念すべき50周年によるもので。

「で。先輩達もコレ?」

リョーマが示した先にあるのは。

「モチ!狙うは、」
「当然特賞の海外旅行だよ」
「えっ違うじゃんハイビジョンでしょ?」
「青春台商店街も頑張ったよね。ありがちなハワイじゃなくて、タヒチだなんて良いセンスしてるよ」
「不二聞いてる!?」
「俺はプレステ3が良いな。ソフトも2個付いて来るし」
「ふざけんな米に決まってんだろ。お前自分がどれだけ食うか分かってんのか」
「ねぇ当ててよ。こういう時のインサイトじゃん」
「話を聞け!インサイトも関係ねぇ!」

疎通の適わない四人が取り出したのは、蛍光カラーで印刷された福引抽選カード。
数週間分を溜め込んだ束はなかなかに厚い。

「ねーねー不二俺やりたい!絶対当てるから!」
「やっぱり英二もタヒチ行きたいんだ。タヒチにはね、ツパイっていう島があって、」
「テレビだってば」
「アンタやりなよ。プレステよろしく」
「米だっつってんだろーが」
「米もプレステも当てればイイじゃん」
「そうそう当たるかよ」

そんな訳で内二人が並び、残り二人が見守る中、英二と跡部はガラガラに手をかけた。

そして数分後。

「ねー。ティッシュならもう十分あるんだけどー」
「英二、ここは集中だよ。ほら思い描いて。青い海、白い砂浜、揺れる椰子、常夏のパラダイス!」

見守り組の両手には大量の残念賞が積まれ、ガラガラを握る跡部の眉間には皺、英二の眉は垂れ下がる。

「おい、ちゃんと他の玉も入ってんだろーなぁ?」

跡部が福引係のアルバイトを睨み付ける中、英二は終にガラガラから手を離した。

「あーもーヤメヤメ!ちっとも当たんないじゃん!」
「英二、まだ残ってるよ?」
「俺もう良いよー。不二やれば」
「そう?」

飽きたらしい英二と交代し、不二がガラガラに手をかけた。
その瞬間の不二の顔を、見ていた人間は居ない。
唇を尖らせて拗ねている英二も、アルバイトに因縁を付ける跡部も、勿論そのアルバイトも、興味無しといった具合に欠伸をしているリョーマも。
だから、誰も不二を止めようとはしなかった。
普段はにこやかに細められている瞳がカッ!という効果音付きで開かれ、数々の華麗な技を繰り出す際に握るラケットの強さをハンドルに、そしてガラガラを回す腕には まるで百練自得の極みかと見紛う様なオーラを纏わせていた……かどうかは分からないが。
とにかく、次の瞬間。

「やった」

不二の声に、全員の視線が集まる。
ガラガラの受け皿に転がり落ちていた玉は……金色をしていた。

「お、おおおおお大当たり〜〜〜!!出ました特賞、豪華海外旅行〜〜〜!!」

跡部の視線から逃れたアルバイトが、カランカランと鐘を鳴らす。

「えええ嘘ぉホントに当てちゃったの不二ぃ!?」
「マジかよ」
「……どんな手使ったんスか不二先輩」

そしてとっくに元に戻った不二が、相変わらずにこやかな笑みを浮かべながら振り返り。

「やだな越前、人聞きの悪い。まぐれだよ、まぐれ」

そう言いながら、旅行券の入った大きな封筒を英二にはい、と渡す。

「行こうねタヒチ。いつにしよっか?」
「な、んかよく分かんないけど、すげーじゃん不二!海外旅行!すげー!っつーかタヒチってどこ?」

わいわいきゃっきゃと騒がしい二人を尻目に、リョーマのじと目が跡部に注がれる。

「ねー。見習いなよ」
「うるせーよ。そんなに言うんだったらお前がやれば良いだろ」
「……ま、イイけど」

そう言って、こちらの二人も入れ替わった。
リョーマの視線が注がれるのは、景品棚にあるゲーム機。跡部の視線が注がれるのは、高々と積まれた米。
ラスト一枚、勝負の行方は。

―――――コロコロコロコロ。

「……あ」
「米か!?」
「……違う」
「あ?」

「またまた出ました大当たり〜〜〜!!特賞、豪華海外旅行〜〜〜!!」

カランカランと鳴り響く鐘、唖然とする二人。
聞きつけた不二と英二が振り返り、驚きの表情を浮かべる。

「うっそおチビも当てたの!?」
「特賞が二つも入ってるなんて、赤字覚悟の…って本当だったんだ」

おめでとうございます!……と封筒を手渡されるリョーマは依然唖然としていて、言葉にするなら『ちょ、どうしよ』と、未だ名残惜しいゲーム機から心は離れない。
それを横から取り上げたのは、跡部だ。

「おい、特賞と米の交換は利かねぇのか?」
「こ、交換ですか?」
「海外旅行より米が欲しいんだ。交換出来んだろ?アーン?」
「ちょっと……こんなとこで絡まないでよ」
「誰のためだと思ってんだ!」
「ウチのエンゲル係数のためでしょ」
「あの、申し訳ありませんが交換は、ちょっと……」
「チッ。なら金券ショップで金に変えるしか…」

「ねえ」

揉めに揉めている中に、不二が声をかける。

「決める権利は、当てた本人にあるんじゃない?」

そして視線はリョーマに集中する。
数秒の沈黙。そしてリョーマが発した言葉は。

「……行く」

「ハッ!?お前何言ってんだ、金に変えて食料品買うのが一番経済的だろーが!」
「だって何か面白そうだし」
「面白いより美味い方が好きだろ?」
「タヒチはフランス領だから、フランス料理とか、ポリネシア料理とか、色々楽しめるみたいだよ」
「お前余計な事言うなよ不二!」
「南国だから当然フルーツも美味しいんじゃない?あれとか!椰子の実割ったジュースとか!?」
「っ、菊丸!」
「行く」
「…おいおいおい」
「よし行こー!」
「……あれ、一緒に行くの?」
「当たり前じゃん、折角皆で行けるのに!旅行は大勢の方が楽しいじゃん」
「英二ってば。……まぁ、部屋は当然別々だから、良いけどね?」
「いつにします?やっぱ夏休み中っすよね」
「んーじゃ、今から決めよっか」
「じゃあウチ来て下さいよ。ウチの方が近いし。麦茶くらい出すんで」
「丁度さっき買ったゼリーがあるし、お邪魔させて貰おうかな」
「あ、お構いなく」

とんとん拍子に決まっていく予定。
遠ざかって行く三人の背中。
取り残された跡部。

「……マジかよ……」

悲痛な胸の内を理解する人は、どうやら居そうにない。
跡部が引いたのは、残念賞のティッシュだけではなく。この夏一番の、貧乏くじだったのかもしれなかった。


HAVE A NICE TRIP !!