ロマンチックバカンス★ボラボラ

2日目 : さめない夜ゆえ。



 しかし、英二の悲劇はまだ終わらなかった。

 翌朝。
 呼吸しているか不安なほど半ば死んだように寝る不二を見て、「そりゃ起てるはずないよなぁ」とベッドから下りると、伸びをひとつ。
 昨日の朝と同じで、カーテンを開けた向こう側は今日も2色のブルーに輝く景色。輝くラグーンを吹き抜けて漂う潮風の香りに、日本を忘れそうになる。 気持良いくらい良い天気。 記憶が正しければ、空港に向かう車の中で不二と姉の由美子が、タヒチの天気は変わりやすいから運任せなところがあると言っていたはずだ。 それが3日目もこんなに快晴なのだから、とてもツイている。
 ……とてもツイている……のに、振り向いたベッドで不二はぐったりと眠ったままだが。

「今日何か言ってなかったけ、不二……ヘリコプターで島が何とかって……どうすんだろ」

 まだ寝起きの髪をくしゃりと掻く。けれどそれで不二が起きるわけでもない。 起したほうが良いのだろうかとは思うが、もう少し寝かせてやった方がいいような気もして、英二は唸る。
 バスローブのままテラスに出れば、日差しがもう強くなり始めていて、今の格好でも少し暑いくらいだ。
 そこで、ふと思いつく。

「そう言えば、おチビとあとべーは今日どうすんだろ?一緒に行くのかな」

 もしそうだったら、不二をどうするか相談しよう。行かないにしろ、不二を起すのは二人にそれを聞いてからでいいや。 そう思ったら、英二の迷いは途端に軽くなった。そして、ある一点を見つめる。
 軽い屈伸運動をして、その場で何度かジャンプしてみる。「うん、いける!」とにっと笑うと、バスローブの紐を括り直した。
 何がいけるんだ。それを問える人間がいたら、英二は二度目の悲劇に遭遇せずに済んだのかもしれないのに。 唯一それが出来そうな英二の恋人は、調子に乗った報いでベッドに沈んだまま。酔っ払いは何処までも役立たずだ。

「おチビは起きてなくても、あとべーなら起きてるかもしんないしね!」

 そう言って、昔からの軽い身のこなしで英二が飛び乗ったのは、テラスの柵だ。特筆すべきは、隣のヴィラに一番近い柵の、ということ。 英二は大きな目で柵と、隣のテラスまでの距離を目測する。3mちょっとくらいだろうか。
 この状況を見て、英二が何をしようとしているか判らない人間はそういまい。役立たずの酔っ払いだって、目覚めさえしていれば判るはずだ。
 そう、英二は飛ぼうとしている。……いや。

「っしょーっと!」

 飛んだ。
 それはもう鮮やかに、2つのヴィラの間のセルリアンブルーの煌きを飛び越えたのだ。木製のデッキが小さく着地音を鳴らした。 軽い身のこなしは、流石と言おうか、何と言おうか。ただ、使い道が合っているのかどうかと言われれば……間違った。
 英二は、こんな大胆な侵入をした癖に、何となく抜き足差し足、静かにテラスを歩いた。まさしく野良猫のように。 なぜ、そこで自分が静かに歩いたのかを自問することができれば、英二はきっとまだ助かったのに。
 大きく開け放たれたテラスへの窓ガラスを覗いてしまった。

(おーチー…………ビッ!?)

 え!ええぇぇぇ!?うわっわわわわ!!
 英二は、見てしまったのだ。
 自分達のヴィラと同じつくりの室内、もちろんテラスと向かい合うように配置されたキングベッドを。そのキングベッドに座っている後輩の背中を。 ただ、その後輩の脚にしては、こちらに向かって脚がのびているのはどうも不自然だ。その脚の正体に気が付いた時、英二は大きな目を更に大きく見開いて、頬が熱くなっていくのを感じた。
 そう、後輩は正しく言えば、ベッドに座っていたのではなくて、彼の恋人の上に座っていたのだ!それも、アレの上に、裸のままで。乱れたシーツが生々しい。

(ごめんッ!おチビごめん!あとべーもごめん!!見てない!俺、何も見てないからー!!)

 英二が脱兎の如く逃げ出したのは言うまでもない。朝から(朝まで?)愛し合っている2人に懺悔するように謝罪の言葉を、心の中で何度も何度も繰り返し叫びながら。
 見てしまったことへの罪悪感と焦りに苛まれながら、英二は自分のヴィラへ戻るべくまたセルリアンブルーの煌き約3mを飛ぼうとした。
 ……が。

 英二は知らない。
 見た時点の跡部とリョーマは、英二が誤解するようなことはしていなかったということを。


 ドッボーーーーーンッ!!

 焦りは禁物だ。