ロマンチックバカンス★ボラボラ
the 3rd night : mermaid's seduction.
「おい。いつまで寝てんだ」
言葉はきつくても響きは柔らかい。
そんな声に緩い覚醒を迎えたリョーマは、その瞬間瞳を刺す朝の光に小さく唸る。
「んーー……」
「起きろよ。朝飯食うんだろ」
「んん…」
薄く開いた瞳に映るのは、覗き込む様に身を屈めている跡部。
ボリュームのある枕に顔を半ば埋めたまま、その顔に手を伸ばす。
「みず」
「俺は水じゃねぇ」
「……とって」
どうも呂律の回りが悪い。
それに気付いている跡部が小さく笑いながら、蓋を開けたペットボトルを寄越した。
既に用意されているのなら、さっさと寄越せば良いのに。
そう思いながら、のっそりと体を起こして喉に流し込む。
カラカラになった体に、それは酷く心地よく染み渡った。
「うまー……」
「それは良かったな」
そう言ってベッドから離れた跡部は、朝日の差し込むテラスに向かって大きく伸びをする。
それを横目に、あっと言う間に水を飲み干したリョーマは、ふと気付いて自身を見下ろした。
何と言うか。何とも言えない状態であるのは、見るまでも無かったのだが。
色々こびり付いているし、べたべたするし。でも体は軽い。
昨日散々運動三昧をしておいて、回復の早い体だ。今回ばかりは自分でも驚嘆する。
しかし、溜息。
「……ねー」
「あん?」
「アンタ珍しく中出ししたね」
ぴし、と。音を立てて跡部の表情が凍る。
この爽やかで穏やかな朝の光景に、全くもって相応しくない下劣な単語に。
と言うより、恐らくすっかり忘れていたのであろう事実に。
「……風呂、沸かしてあるぜ」
「ふうん」
「バスソルト、また使い切ってただろ。さっきフロントに言って持って来させた」
「そう」
「俺は後で良いから、お前先に、」
「ねぇ」
「……何だ」
リョーマは笑顔だ。それが、跡部にとっては怖い。
昨晩は、何と言うか……余裕に欠けていた。いや、いつもなら多少焦っていたとしても、ゴム切れだったとしても、必ず外で出す。
それは、付き合い始めの頃、まだ幼くて体も小さくて、それでいて今よりテニスに捧げる時間の長かったリョーマに対する跡部としては当然の気遣い…から続いている決まり事の様なもので。
リョーマ自身は然程気にしてはいないのだが、やはりこれは跡部の拘りなのだ。
あと、リョーマに任せておけば必ず後処理を怠ける事を分かっているから。
もしそのせいでリョーマの体に負担がかかったとしても、文句を言われるのは跡部なのだ。それが面倒、というのもある。
「一緒に入ろっか」
「……は?」
投げられた言葉が予想外過ぎて、跡部は思わず間の抜けた声を上げる。
「だから、風呂だよ風呂。アンタも後で入るんだったら、一緒に入れば早くない?」
「あ……あぁ」
「じゃー…ん」
にっこり笑って、腕を広げる。
それを見て目を見開いた跡部は、諦めた様に息を吐いた。
「……昔は子ども扱いすんなって怒った癖によ」
「だってこれは嫌がらせだし。頑張れー」
「舐めんなよ。軽いもんだぜ」
リョーマの体の下へ、腕を差し入れる。
横抱きに持ち上げる裸体は、男とは言え細身で良かった。
……と言うものの、やはり自分と然程変わらないほどの体を抱き上げるのは、結構な負担だ。
「っ……う!!」
「お、上がったー」
「あ、ばれ…んな!」
「んじゃーエールの代わりに」
伸び上がったリョーマが、唇を合わせる。
咄嗟の事にその体を落としそうになる跡部は、それでも踏ん張って口付けに応えた。
朝一番から濃厚気味な、舌と舌と躍らせるキス。
リョーマの機嫌が良い。
だから、跡部の機嫌も良くなる。
ちゅ、と唇を離して。どちらからともなく、笑い合って。
頑張る跡部の足元は若干ふら付いてはいたものの、何とかかんとかバスルームへと姿を消す二人だった。