ロマンチックバカンス★ボラボラ
the 3rd night : as U like it.
「英二……ごめん、水取って……」
サイドボードに置かれたミネラルウォーターのボトルを掴んで、英二は不二へ渡す。
不二が水を飲む一連の動きを、ふかふかの枕に顔を埋めながらぼーっと眺めた。
「要る?」
「……ん」
「飲みきっていいよ」
眠気と疲労感に襲われながら手早くシャワーだけ浴びて眠って、一体どれくらい経ったのか。
部屋はまだ薄暗いけれど、眠る前に少し開けたテラスへの大きな窓ガラス越しに、水平線の向こうが仄明るくなっているのが見える。
夜明けが近いらしいことは判った。
数時間前のことを考えても、この時間なら目が開かなくても不思議ではないのに、2人とも同じように目が覚めたのは奇跡かもしれない。
と思ったのはどちらだったか。
「……不二、あのさ」
少し掠れた声で、英二は不二に話しかけた。
「ん?」
「昼間、不二置いてっちゃってごめん……」
アクティビティのことを言っているのだと、不二は寝起きの頭でも瞬時に理解した。
しかし、あれは別に英二に非があったわけではないし、何とか身体を快復させたくて、リョーマたちの協力も得ながら出来た流れだ。
それを全て話してしまうのもどうかと不二が考えているうちに、英二は続きを話し始めた。
「俺もさ、どうしようかなって悩んだんだよ。平気そうにしてたけど、やっぱ具合悪そうだったし……俺だけ遊びに行くの悪いじゃん。
でも不二、俺がいると寝られないよなって思って」
「……え」
「バレバレなんだよってね」
もう何年一緒にいると思ってんだよ!
英二がへらっと笑って、不二の右頬をむぎゅっと抓まんだ。
不二は呆気に取られた。昼間、二日酔いの酷さを何とか隠したくて、どうするどうすると悩みに悩んでいたのが馬鹿みたいだと思った。
格好付けな自分が丸々見透かされていて、それが何とも格好悪い。不二は寝起きの髪を掻き上げながら、思わず苦笑いした。
「……参ったな」
けれど。そんなところも理解してくれている英二が愛しくて堪らない気持ちが勝っているのだから、本当に笑えてくる。
くすくす笑い始めた不二に、怪訝な顔をしたのは英二だ。そして、眠気眼を擦りながら、どうしたのか尋ねようとした瞬間。
下半身を襲った違和感に身を捩った。
「ん!……なにやって、んの……、ぁ」
「全部欲しいって言ったのは英二だろ?お望み通り全部あげる。……ね、だからあと1回」
「不二のえろすけべ……!」
瞬く間に組み敷かれて、見下ろしてくる不二の亜麻色の髪がさらりと落ちる。
いくら呆れた顔をしていても、無理とか駄目とか言えないのでは全く意味がないのは、英二も自分でよく判っていて。
今更ながら気恥ずかしくて、ちらりと上目遣いで不二を見上げれば、可笑しそうにしている。
こんな時、不二は狡いんだよなと英二は思う。
次に目を合わせたら、真剣な眼差しで、切れ長の目で、真っ直ぐ射抜いてくるのは。
「……好きだ、英二」
甘く響く熱っぽい声に浸って、不二の体温を求めながら思う。
不二と抱き合ったのは、何日ぶりだろう。酔っ払った「愛してる」よりずっと、心に響いた。
次に気が付いたのは、眩しい朝日が水平線から離れた後。見事に夜明けの瞬間だけを見過ごした。
夕暮れがとても綺麗なタヒチ、夜明けもさぞかし壮麗なはずだ。結局3回あった機会全て逃したな……と不二はぼんやり考えていた。
但し、不二ご所望……いや、切望且つ熱望の“情熱的な夜”からの朝だ。昨日のように顔が曇るはずもなく。
隣に横たわる、目の前の少し焼けた背中に身体をぐっと寄せれば、思わず口元が緩む。なんと、美しい朝か……!
「……すっげ海キレイ」
きっと今“最後の楽園”で一番幸せそうな顔をしている背後の男を、敢えて見ないようにしているのかどうかは定かでないけれど、
英二は朝の海を見て呟いた。
朝の強くて、何だか清々しいほどに白く輝く光を受けて、コバルトブルーの海面がキラキラと光輝を放つ。
3日前にタヒチを訪れてから、もう十分すぎるほど判っている光景なのに、見飽きることがないほど異世界めいたものを感じる。
そこから滑ってくる風と、柔らかいベッドに包まれて夢心地。気だるい身体だけが妙に浮かび上がってリアルだ。
「本当だね……あぁ、勿体無いことしたなぁ」
「そうだよ、ほどほどにしろよなー……呑みすぎ禁止」
酔い潰れるままに過ごした夜のことを後悔しているらしいのに、その口調に何処か真剣味を感じられない。
その理由が、一晩で全て取り返しにきたからだと身をもって判っている英二は、若干恥ずかしさが込み上げる中で唇を尖らせた。
そんな横顔を、英二の肩越しに見ていた不二はいよいよ機嫌が良くなる。
我侭って名の支配欲が強いのは英二の方かもしれないな、と思いながらくすっと笑って、左耳に髪をかけ。
「煙草も禁止なのに?」
「不二はどっち我慢する方がイヤ?」
細身の肩に口付けられて漸く振り向いた英二に、不二が向けた笑みはこのタヒチの青より清々しかった。
「英二を我慢するのが一番嫌」
「せっ……選択肢にないの作んなよ!しかも、微妙にはぐらかしてるし」
英二は布団を跳ね除けるが如く背後の不二を引っ剥がすと、そのまま身体を起した。が、一瞬ぴたりと止まって顔が歪む。
ゆっくりとまたその身をベッドに沈めた。
「え、まさか立てないの?」
2つの枕に頭を預けたまま尋ねる不二に、英二が首を横に振る。そんな英二に、不二は少し唸ってみせた。
「じゃああれだ。立てるけど、腰が痛い」
「……不二の性悪」
英二の大きな目で、じとっと睨まれて不二が笑い出す。別に英二に今のその身体の状態を説明させたかったわけではないけれど、
態と惚けてみせた。腰が痛いわけではないことも判っていて、さっきの“一回”の所為だということも本当は判っているくせに。
早くシャワー浴びさせないとと思いながらも、不二は更に英二に尋ねた。
「菊丸英二くんが“起きて”のキスをしてくれたら起きますが、どうしますか?」
調子に乗る不二に呆れながら、英二は黙った。暫くして観念したように近付いてくるのを不二が見ていると、
期待した通りに英二の唇にちゅっと音を立てて口付けられた。
「……起きて、不二」
タヒチの青い海に流してしまいたかった悲しみは何処にもない。ツパイの大誤算&大破産すら、なかったことにできる……!!
不二がそう思いながら内心感涙しているのを知らない英二の手を恭しく取って、不二はバスルームに向かったのだった。