ロマンチックバカンス★ボラボラ

the 2nd night : W coquettish.


騒がしい旧友達が出て行き、漸く本来の静けさを取り戻した部屋。
閉まったばかりのドアを横目に、跡部は燻らせたままだった煙草を消した。
あの二人が去った時点でお開きは確定。そうと決まれば、する事は一つだ。

「おい、まだ食うのか?」
「だって勿体無いし」
「……じゃあ皿を持て。零すんじゃねーぞ」

切り分けられたフルーツ盛りの皿をリョーマに持たせて、跡部はテーブルを片付け始めた。
呑み散らかしたグラスにボトル。自然と増えていたそれらを今更ながらに数えれば、不二があんな事になるのも無理はないか、と。
……いやしかし、さすがにあれは頂けない。楽園の開放感に、普段から開放的な男がより一層開けっ広げな事になっていた。
菊丸は一人で大丈夫か、と無用な心配までしてしまうが、ああなってしまったら最後、吐くか寝るかしか出来やしないだろう。自分がお節介を焼く事でもない。

手近な布巾で拭いて、漸く綺麗になったテーブルを見やる。
ホテルに居るのだから放置しておいても翌朝にはスタッフが回収し、清掃してくれるのだが、このまま一晩放置、というのがどうしても我慢出来ないのだ。
ゴミ類を袋に入れて口を縛れば、一息。
先ほどまで菊丸が座っていたソファ、リョーマの隣に腰を下ろし、新しい煙草に火を点けようとした、その時。

「あーん」
「……あ?」
「パイナップル。メロンがイイ?」

行儀悪く指先で摘まれたパイナップルが、口元に差し出されていた。

「……お前から食い物を取ると、後で怖い」
「要らないの?」
「…別に俺は、」
「あーん」

有無を言わせぬ態度。
どうだろう。構図的には甘い恋人同士の触れ合いの様でいて、その実それよりももっと先の意図があるのは、リョーマの目を見れば分かる。
果汁に濡れた唇をわざとらしく舐め取るのもそう。計算ではなく、天然でもなく、リョーマの場合はまさしく“本能”と呼ぶのが相応しいだろう。
つまり、不二ほどではないとしても、この男も。そこそこに、開放的になっているという事だ。

跡部は、指に挟んだ煙草をそのままテーブルに放った。
リョーマの視線が笑ったのに気付いて、偶には主導権を奪い取ってやるのも良い、なんて考えが頭を過ぎる。
普段からリョーマに好き放題を許しているのは、跡部が年上である事や、性格の違いだけが理由ではない。
何よりも、跡部がそれを自分のステイタスとしている部分が大きいのだ。
所謂、“男の度量”というヤツ。それをリョーマが上手く利用しているのか、はたまたそれこそ跡部の度量なのかは、敢えて暈したままだ。

しかしこの日、跡部は少しだけ、趣向を変えた。
先ほどから、それこそ不二ほどではないにしろ、摂取していたアルコールに浮かされていたのかもしれない。

パイナップルを摘んだリョーマの手首を取り、その指先ごと口内に含む。
わざと歯を立てる様に指を噛めば、リョーマの視線が細められる。
舌先で擽る様に撫でて、咀嚼したパイナップルを味わう間も無く、掌に伝った果汁までもをべろりと舐め上げた。

「甘いな」

顔が近づく。

「そーだね」

どちらからともなく。

「明日の予定って何だっけ?」

瞳を伏せて。

「……寝坊しても良いだろ」

唇が重なる。

アルコールとフルーツが噎せ返る様な香りを互いに感じながら、舌と舌の攻防は続く。
漸く離れた唇が、今度は喉元に押し付けられて、リョーマは珍しくやる気らしい跡部にこっそり苦笑した。
いつの間にか体勢も変わっている。天井が見える。足の間に跡部の膝がある。首筋を舌が濡らして行く。
じんわりと熱を帯び始めた体を感じて、しかしふと、思い出した事があった。

「……ね」
「…んだよ」
「お風呂。入ろ」
「……アクア・サファリの後でシャワー浴びただろ」
「そーじゃなくって。昨日、説明あったでしょ」

そこまで言って、跡部の動きが止まった。思い出したのだろう。

このツアーの数ある特典の中に、フラワー・バスというものがある。
咲き乱れる生花をバスタブに浮かべるというもので、ロマンチックなセレブ気分の味わえるサービスだ。
タダなら何でも、と適当に二日目の晩、つまり今正にこの時間をフラワー・バスタイムに指定していたのだ。

「明日の朝で良いだろ」
「枯れるって。生花なんだから」
「そんなに入りたいのかよ」
「折角だから、モチロン」

その言葉を聞いて、跡部は盛大な溜息を吐いた。この旅行で一番ではないかと思われるほどの溜息を。
その身を起こし、顔に掛かった髪をかき上げる。イライラしている証拠である。

「……あのさ」
「……」

跡部は答えない。どころか、先ほど放った煙草を拾い上げ始める。
あーあ。分かり易いなぁ、ホント。
そんな事を思いながらリョーマも体を起こし、その手首を取った。

「だから、入ろ?って」
「…アーン?」
「一緒に。風呂」

そうして再び誘う様に笑えば、跡部はどうやら驚いたのだろう、片眉がピクリと跳ねる。
しかし立ち上がったリョーマに捕らわれたままの手首を引かれて、抵抗する事は無かった。





「ん……っ、ふ」

家のものと比べるのが申し訳ないほどに広いバスタブに二人で入り、再び開始された口づけが先ほどよりも幾分か大胆なのは、 服を脱いだ事で単純に密着度が上がったからか、薔薇や蘭、ハイビスカスの花弁から薫る濃厚な香りのせいか。
跳ね返る水音、花の香り。近過ぎる距離で交わされる、蕩けた視線。
その全てが腹の下を擽り、隠そうとも、また隠す必要もない二人は刺激し合う様に膝で触れては離れる。
湯の温度は比較的温めであっても、している事が事だ。顔まで上気し、汗だか湯だか分からない。

「あ、つ……」
「…上がるか?」
「んっ」

頷いたリョーマの体を引き上げる様に湯船から上がり、適当に拭かれた体からはまだまだ雫が垂れてはいるのだけれど、そのままベッドへと移動する。
跡部の青い瞳にめったな事では灯らない欲情の色が灯った時、普段は几帳面過ぎるほどに几帳面なこの男の常識が、覆るらしい。

湯の中で散々触り合った体だ。すぐにでもどうこう、可能なほどに。
それでも尚跡部の掌は、リョーマの体を撫でて行く。鍛えられた弾力のある筋肉を、骨の形を、すでに何度となく触れたその体を、今一度掌に覚え込ませる様に。
内股を甘く噛まれて吐息を漏らせば、付いた歯型を撫でる舌。そのすぐ傍にある自己主張の激しい部分が震えるけれど、知らぬふりをするのは跡部なりの意趣返しなのだろう。
原因は、思い当たり過ぎて考えるのも邪魔臭い。
されるがままは性に合わないのだけれど、キングサイズのよく弾むベッドに背中を預け、折り曲げた片足を抱き抱えられれば、反撃の余地は無い。
珍しく。本当に珍しく強引な態度を取る跡部を突き動かすのが、もう半ば抜けただろうアルコールなのか、はたまた。

「っつ、は…、先輩に言われた、こと、……ぁ、気にしてる、とか?」

空いた片方の足を跡部の背中に滑り落としながら問えば、腿に頬を押し当てたまま跡部が返す。

「……あんな酔っ払い、そもそも不二の言う事なんざ真に受けてられっかよ」
「じゃあ、何でそんな、ヤる気?」

唾液で濡らした長い指を奥に忍ばせながら、跡部は笑う。

「さあな。そういう気分だ」

不覚にもリョーマの胸がざわめいたのは、色気をふんだんに乗せた視線がただ只管に注がれているからか。
敏感な部分を知り尽くした指が、それでも尚焦らす様に浅い所を擽るだけだからか。
今すぐにでもその熱量を受け入れられる部分が疼いて、またそれを指でダイレクトに感じているはずなのに、敢えて行動には出ない。
太腿に触れる跡部自身も溢れそうな程に熱いのに、こういう時の跡部は憎らしい程に意地悪く、生来のサディスティックな面を覗かせるのだ。

浅い息を吐きながら跡部を睨み付けて、どうするのが一番良いのだろう、と考える。
例えば、言葉にしてしまうのは何よりも簡単だ。今更恥ずかしさもない。挿れろと言えば、その言葉通りになるのだろう。
今の体勢を押し返して、跡部の上に乗ってしまうのも良いだろう。そうすれば自由になるし、焦らされた体を解き放つ事も出来る。
しかしそれでは普段となんら変わりが無さ過ぎて。

明かりを落としたヴィラには床にはめられたガラス越しの照明がゆらゆらと跳ね返り、ノスタルジックな波の模様を描き出している。
お伽話に出て来る様な天蓋付きのキングサイズベッド。肌を滑る上質なシーツ。自分を組み伏せる様にしてじれったい愛撫を続ける恋人。

極力抑えていたアルコールに、思い出した様に酔っても良い。
こういうシーンを待っていた事、跡部は気付いているのだろうか?
リアリストの極みを行く様な自分達でも、もしかしなくても一生に一度の経験になるだろうこのバカンスに、溺れてしまうのは罪じゃない。
ただこの雰囲気のせいにしてしまっても良い。
要は。心置きなく貪り合いたい。それだけで。

唇を薄く開き、声に出さずにキスを強請る。
リョーマの動向を伺っていた跡部は面白そうに笑ったまま、その要求に答えた。
内股に熱を擦り付けるのを忘れない。そのまま滑り落としてくれれば楽なのに、なんて考えが過ぎるけれど、折角その気になっているのだから 少しくらい、調子に乗せてやっても良いかもしれない。

離れた唇。
頬と頬をぴったりくっ付けて、伸ばした舌で耳朶を擽る。

「To sexy sexy darling. I got you under my skin.」

直接吹き込むウイスパー・ボイスに跡部の喉が鳴ったのを知って、小さくほくそ笑む。
単純。だけど、そんなトコがスキ。

腰を抱え上げられて、あっという間に塞がれてしまう。
短い吐息を互いに吐いて、眉根を寄せて。

「ん!あっぁぁ……!」
「……ッハ」

焦らした分一気に貫かれて、震える体が感じるのは悦楽。
ぴったりと体が重なる。凹凸を埋める様に。
そういう関係になってから、もう何度と無く抱き合った。だからこそ、形が馴染んでしまっているのだ。
挿入されただけで白飛びしかける意識を無理矢理引き止めるのは、男のプライド。
耳元で荒い息を吐くこの男に、どんな状態であろうと負けたくはない。

「っ、は……きもち、いい…」
「……だな」

額と額を擦り合わせ、微笑み合う。
何度抱き合おうともこの瞬間に感じる幸福は堪らない。
焦らされた分、そしてそれは当然お互い様だからこそ、奥まで抱き合えるこの時が、とてもとても好きだった。

ちゅ、という甘ったるい音で柔らかい唇同士を弾かせて、腰を使い始める跡部にリョーマも合わせて動く。
大きく広げた足を、跡部の括れたウエストに絡ませて引き寄せる。もっともっとと煽る様に示す情欲と独占欲は、けして逃げない離れないと分かっているからこそ 激しく強く。
ぴったり同じだけを押し返す跡部も、結局は似た者同士。
容赦無しはどちらも同じで、明日の予定なんてこの時ばかりは頭から吹っ飛んでいる。

ぐちょぐちょになった下半身を利き手で握り込まれて「反則!」と抗議しようにも、汗に濡れたセンターパーツの前髪の隙間からギラギラ光る瞳に射抜かれれば、 あぁもうどうでも良い何でも良い凄いイイ、なんて。

「っあ、あっ、んっ、も…ムリ……っ!」
「っ……ハッ。堪え性の無ぇのは、どっちだよ」
「ムッ…カツクなぁアンタ!」
「もっと可愛く鳴いてみな」
「趣味じゃ、んっぁ、ない、クセに……」
「いつ、誰が、…っ、んな事言った?」
「俺に……ぁ、ベタ惚れの時点で決まってる!!」

一瞬きょとんとした後、ハハ!と跡部は笑って。

「言えてる」

鼓膜が蕩けそうに甘い低音で、込められたのは最上級の I love you .

漸く開放された下半身から熱を吐き出して体を小さく痙攣させれば、引き抜かれたそれから同じ熱さのものが吐き出され、混ざる。
荒い息のままそれを半目で見ていたリョーマは、やはり雰囲気に煽られていても跡部は跡部だ、と小さく笑って。

「……何だ」
「こーいう時でも、紳士だなーって」

一瞬言葉を失くした跡部が眉を寄せながら、

「明日腹壊したら困るだろーが」

なんて言って、沢山有り過ぎる枕を退けつつティッシュケースを探し始める。
先ほどまで完全に飛ばしていた理性と明日への心配が光の速さで戻って来ているのを知って、やはり笑ってしまうけれど、 その手を掴んで唇を押し付けながら、再び煽情全開の声色でリョーマが囁いた。

「ゴム無いの?」
「……」
「寝坊してもイイって言ったじゃん」
「……いや、あれは、」
「つーか、足りた?」

言い淀むのは否定の印で、腹筋を使ってグイと起き上がった体のまま跡部の首に腕を回せば、溜息なのか何なのか、首筋を擽る吐息を感じた。

肩越しに見える夜の海は凪いでいる。
オーシャン・ビューなんて言葉が陳腐に聞こえるほどにどこまでも続くパノラマ。大きく黒く見えるのは、博学ひけらかし放題の先輩の言う、 なんとか山というヤツだろうか。

こんな景観の中で、時間なんて無意味だ。

ダメ押しの「もう一回」を耳にそっと吹き込んで。
背中を撫でる指の感触に、リョーマは瞳を閉じた。





*next morning.*