ロマンチックバカンス★ボラボラ
the 3rd night : as U like it.
ジェットスキーによるボラボラ島一周ツアー……の終盤で大転覆をやってのけたリョーマと英二の着替えが終わる頃には、
陽は傾き始めて、4人に3度目のタヒチの夕暮れを訪れさせた。明日の午前にはチェックアウトをして、この島を離れるかと思うと名残惜しいものはあるものの、
荷造りの都合も考えて4人はボラボラ島最後の夕食を採ることにした。
レストランから戻り、ヴィラの前で別れる時の跡部の目線が、不二には昼間の腹立たしい笑みが重なって見えた……とか見えないとか。
「さーて、と!」
ヴィラに戻ると、明日の朝のチェックアウトの都合を考えて不二が荷物を纏め始めた間に、
英二は先にシャワーを浴びた。そして、もう着慣れたバスローブを羽織る……ことはなく、昼間と同じように水着を身に着けた。
洗面台に掛けられた、新しいタオルを掴むとそのままバスルームからテラスへと向かう。
「不二、お風呂どうぞー。あ、俺の荷物は置いといていいかんね。後でやるから」
「あぁ……って英二、何処行くの?まさか今から海に飛び込むなんて……」
「違う違う!ほら、あーれ!まだ使ってないじゃん?最後だし、入ってくる!」
大きなハードキャリーを閉める不二に、英二が指差したのは、テラスにあるジャグジーだ。
それを見て、不二も「なるほどね」と納得した。と、同時に半分安心した。今から海に飛び込むなんて言われては困るのだ。
確かに、太陽に照らされているうちはセルリアンブルーに煌く海が、夜になれば途端に表情を変え、月に照らされて少し怖いくらい静かで神秘的になる。
もう二度と来られないかもしれない地だ、夜の海で泳ぐのもいい思い出かもしれない。
だが、そう、今晩は最後の夜なのだ!
タヒチ3日目、もしかしたら20年の人生で最悪の迎え方をしたかもしれない朝。午前には、昨晩のツケが廻ってきた体と不運と自己嫌悪に打ちのめされて。
午後は、知られまいとしていたのに跡部とリョーマに体調のことを完全に見抜かれて、格好がつかなくて。
そんな2人に借りまで作って快復したのである。ついでに言うと、跡部の態とらしい欠伸と、後輩の露骨な応援(?)が頭を過ぎる。
だから、英二に海なんかに飛び込まれてはとても困る。
「じゃあ僕も軽くシャワー浴びてから入ろうかな……折角だしね。英二、僕が入るまでに逆上せないように!」
「ん、わかった」
不二がそんな事を思っているとは露知らず、適当に返事を返した英二はテラスへ一歩踏み出した。
部屋の中から、バスルームの戸が閉まる音がしたのを遠くに聞く。神経はすっかり、タヒチの涼しい夜へと寄っている。
テラスの床に埋め込むように設置された、タヒチの海を模したような水色タイル張りのジャグジー。
縦横、大体2mくらいの広さの中で、4辺から勢いよくジェットが噴出している。とても細かい気泡は、部屋の灯りに照らされて白く浮かび上がる。
3日間も放置されていたジャグジーは、待ち侘びていたかのように、英二の脚をその白い泡で優しく包み込んだ。
「っ、とと……」
無数の白い泡で表面を覆い尽くされた、底の見えないジャグジーにそろりと両脚を下ろして、英二は体を気泡に沈める。
両腕を思いっきり広げながら、ぬるま湯の中を進んで、一番海に近いジェットの吹き出し口に張り付くという行動は、20歳のやることかと言われれば何とも言い難いけれども。
「おぉ〜、ジャグジー最高ー!」
吹き出るジェットを丁度臍の辺りで受ける感覚が気持ちいいような、くすぐったいような。
テラスにジャグジーという贅沢、お金持ちになった気分に煽られたのもあって、英二はひひっと笑った。
目の前に広がる海は、真っ黒。空も同じように真っ黒、そこへぽかんと浮いた月はとても綺麗で、逆に不自然な気もしてくる。
青白い月の光が揺らめく波を照らして光ると、辛うじて海を海だと認識できた。
日本で見るのと同じはずなのに、この月が特別に見えるのは、ここがタヒチだと思ってしまうからだろうか。
囁くように聞こえる波の音と、ジェットが吹き出る音だけが聞こえる中で、英二はふうっと息を吐いた。
「絶景、絶景。はーあ、今日で最後かぁ」
昼は暑くて信じ難いけれど、やはり夜は少し寒い。ジャグジーから出た上半身が海風に吹かれると、若干身が縮まる。
英二は思わず、ザバッと頭までジャグジーにつかって肌寒さを払おうとした……が、水気を纏った分余計に体感温度が下がって失敗した。
「さっむー……俺今朝からこんなのばっかじゃん」
でもとりあえず不二にあんまり訊かれなくて良かった。
英二は、ほっとしながら、温かくごぼごぼと体を包む泡に指を差し込んで遊ぶ。
今朝の出来事を思い出してしまって、何か手遊びをしていないと落ち着かないのである。
昼間だって、何度ハラハラしたかしれない。跡部とリョーマの顔を見るのが、こんなに気まずかったのは初めてだ。
もちろん、付き合っている以上あの2人だって“そういうこと”をしているのは、英二だって暗黙の了解として理解していたけれど、
いざこの目で目撃してしまうと“衝撃”なんてものではない。更に、衝撃以上の見てしまった“申し訳なさ”に襲われた。
それも、英二が見たのは憎くも可愛い我が後輩が跨っている姿だ。
瞬間、よく声出さなかったもんだ!と英二は思ったりもしたが、正しくは多分絶句というやつで、驚きすぎて声が出なかったんだと思い直した。
不幸中の幸い……だろうか。横着をした変な訪問の仕方を猛省する。
はぁぁぁ……ほんとびっくりしたよな……、と。
今更また恥ずかしくなってきた英二が、何気なく隣のヴィラを見てしまったのは一体誰の何の悪戯か。
「……?」
隣のヴィラのテラスで、何やら蠢く影。ジャグジーだろうか。
それに気付けないほどの視力しかなければ良かったものを、英二は優れた動体視力の持ち主だからまた運が悪かったのだ、多分。
気付いてしまったからには気になって、目を凝らしてしまったのが運の尽き。
「っ、ま!!?」
影の正体はもちろん、あの2人。いや、2人が「人が2人いる」と一目で認識できる配置なら問題なかったのだけれど。
部屋からの灯りにぼんやり照らされている答えがそうでなかったから、英二に再び不運が襲ったのだ。
英二は固まった。生まれつきの大きな目を、大きく見開いたまま。何故、発した音が「ま」だったのかなんて英二にも判らない。
顔が赤くなったり青くなったりしながら、英二に過ぎるデジャヴ。もちろん、今朝の。
(うっそ!!)
どうして2回も!ま、真っ最中!?
今朝のも最中だと誤解したままで、内心パニックになっている英二に、隣の後輩は既に気付いていたご様子で。
同じくジャグジーに浸かりながら、英二に背を向けた状態の恋人の逞しい肩に腕を回して、特に上も下もなく「あー……」と言っているのだろう顔をしていた。
そして、鯉のように口をはくはくさせている英二に向かって、片手を面前に翳して詫びる動作を示すと、そのままその手で部屋へ戻るように指示した。
彼と向かい合って座る、「この人に気付かれないうちに」ということも含めて。
何とも肝の据わった年下だと感心できる余裕があったなら。例えば、今、バスルームでシャワーを浴びているだろう彼のように。
(わわっ、わわわわわ!!えぇ!?え、あ、わっ、)
一方、恥ずかしさと2倍になった罪悪感でいっぱいの英二は、まだ頭が働いていない。
それでもジャグジーを飛び出ず、なるべく音を立てないように静かに出ようとしたのは本能だったのか。
昔から猫に比喩されることが多かっただけはある、ということか。
(ごめん、おチビ!何も見てないからー!!)
2度目の不幸に、2度目の台詞。まさか悲劇が繰り返されようとは。
“2度あることは3度ある”。そんなことは絶対にありませんように!!と強く願いながら、英二はジャグジーを静かに、けれど大急ぎで後にしたのだった。
そして、なんとタイミングのいい男だろう。
ジャグジーに入るつもりのはずなのに、何故か一先ずバスローブを身に着けてバスルームから出てきた不二だ。
「どうしたの、英二……ジャグジーは?」
バスルームのドアと向き合う、テラスの大きなガラス戸を閉めた内側。
髪や体を拭くだとか以前に、タオルすら持たずにびしょ濡れのまま英二が立っていた。
水着の裾からポタポタと床に水が滴っている。どうやら何か慌てている。そして、顔が赤い。
そんなに茹ったジャグジーなのかということが気になるかはどうかとして、英二の様子からして外が気になるのは自然な流れだろう。
一体、今朝から英二は何故そんなにテラスでびしょ濡れになって入ってくるのか。
それに、不二だってこの3日目になるまで、折角のジャグジーをまだ体験していない。
外に出ようと近付いてくる不二に、更に慌てたのはもちろん英二だ。
「あ、や、ダメ!今はダメ!ほらそっち、ベ、ベッド行こう!あの、ほらやっぱジャグジーって俺昼の方が好きかも!
ほら、海もよく見えるし!よ、夜だと暗いから怖くってさ、俺ちょっとビビっちゃって……」
テラスに近付く前に、不二の肩を押し返す。
とにかく阻止しなければ!と自分でもワケが判らないくらいに早口で捲くし立てるように誤魔化しにかかる。
罪悪感と恥ずかしさと、罪滅ぼしの為に不二の進行を阻止するという使命感が英二を駆り立てているのだ。
そう。英二のあまりの慌て様とボラボラ島最後の夜、という状況をもう二日酔いではない頭で考えたとき、不二には大凡見当がついたことも、「なら、乗らない手はない」と思ったことにも気付かないほど。
そして、不二を煽る単語をうっかり発してしまったことにも気付かないほど。
「ねぇ、英二」
「ジャグジーはさ、明日の朝とかでいいじゃん!別に夜に入っても楽しいものでもないっていうか!」
何となく不二の顔が見れないまま、その肩を押し返していると、頭の上から不二の声が降ってきた。
英二の焦りに拍車がかかる。更に強く押すと、不二が流石に1、2歩後ずさった。
不二は、さっきからその場に立っているだけで、英二の押す力に抗っていなかったからだ。ぴたりと動きを止めていた。
そのことにも気が付いていない英二は、不二をテラスから遠のけることが出来た安心感から、自然にふっと力が抜けた。
刹那。
痛いくらい強く腕の中に抱き締められて、咄嗟に身が固くなる。ドクドクと鼓動の鳴る中で左頬に感じる不二のピアスと、呼吸。甘く囁く、声。
部屋の空気が、変わった。
「……やっぱりそれ後で聞くから、今は黙って」
え?あ……今、そういう流れ?いきなり?
英二は「そんなことを訊くのか」と怒られそうな言葉が出そうになったが、出なかった。
たった今、唇を合わせたばかりなのにもう苦しい。肩を抱きこまれて、後頭部まで固定されてしまった中で、
まだ自由が利くはずだった自分の舌まで自由を奪われる。
このまま全て、不二に絡め取られてしまいそうな感覚に、思わず身が震えた。
不二に触れられると最早条件反射のように、腰の辺りから痺れが這い上がって、胸が苦しくなる。
呼吸として上手く逃してやれないそれを、不二のバスローブの裾を掴む手のひらの強さに込めて、耐え抜くしかない。
痺れが毒のように全身に廻って脳髄まで蝕んでも、不二が許してくれるまで。
そういえば、と。昨晩4人で呑んだ時の、アルコールにふわふわと浮かされたような頭で英二は気が付いた。
タヒチに来て、これが最初のキスだ。
一生、忘れられそうにない。
「……っん……は、」
不二と付き合い始めてから数も数えられないほどしたキスで、不二の為だけに身に付いた息の継ぎ方すら役に立たない。同じように舌で応えさせてももらえない。
本当に息が詰まる。そう思った時、漸く解放された。
思わずきつく閉じていた目を、ゆっくりと開ければ。荒い呼吸の中、まだ鼻の先が触れそうな距離に不二の整った顔があって。
―――その憂いを含んだような少し伏せた目に、どくんと心臓が痛いほど身体を打った。
離れた唇を名残惜しそうに見つめている瞳に、部屋の淡いオレンジの光が差すと切なげで。俄かに揺れる睫毛。見蕩れるしかなかった。
全身を走った痺れが疼きに変わっているのは自覚がある。全身が熱い。もう既に崩れそうになっている腰の辺りで、
布越しにも感じられる互いの熱。
それを確かめるかのように、身体を支えるかのように、もう一度強く抱き締められた。触れ合う不二の体温で気持ちよくなる。
「……ふ、じ?」
まだ濡れたままの襟足から髪を掻きあげられて、毛先から雫が背中に落ちた。
背筋をゆったりと辿って滑るそれを真似るように水着に右手を差し入れられたと思ったら、そのまま脱がされた。
水をたっぷり含んで重くなった水着は、重力に従っていとも容易く、鈍い音と共に床へ落ちる。
途端に、晒されたまだ濡れた肌から寒さが英二の身体を走った。反射的に、息を詰めるように、きゅっと身が縮まる。
多分、それで不二の中で何かがぷつんと切れた。
英二の肩をぐっと掴んだまま、ベッドの四方を囲むように天蓋から下ろされた白いレースのベッドカーテンを若干荒々しく片腕で払うと、
身軽な英二の身体を放り投げるかの勢いで、広いベッドに沈ませた。
一瞬の出来事。性急になった不二に、英二も少し戸惑うほどに。
「あ……ちょっ、まっ……ベッドが濡れる!」
咄嗟に自分の濡れた身体を思い出して不二を見上げた瞬間、英二は息を呑んだ。
キスの前に解きかかっていたバスローブの紐を、不二はらしくないほど手荒に引っ張って解ききると、
身体を覆っていたタオル地の布を煩わしそうに掴んでベッドの下へ投げた。
紛れもなく、そこにいるのはいつも自分を抱く“男”だ。
不二は、投げた布の行く末には視線もやらず、少し長めの前髪の合間から、射抜くような目で英二だけを捕らえて。
そのまま英二に圧し掛かると、まだ膝から下がベッドに乗らないまま呆然としていた英二の身体を完全にベッドへ上げてしまう。
「待て」と言ったものの、英二が抵抗することはない。別に本当にベッドが濡れることを心配したからではないから。
ただ少し、心を落ち着ける為の時間稼ぎをしたかっただけだ。英二にだって、英二なりの今晩の期待があったから。
「……ふぁ……ん、んっ……」
息吐く暇なく、また深いキスを強いられる。すらりと綺麗なのに、筋張った不二の手に頬を包み込まれて、何度も輪郭を辿って、
髪に指を差し込んで掻き乱してくる。髪に滴る水滴に濡れることも厭わず、冷えていく不二の指先で触れられる肌に、身が竦んで息が漏れる。
その僅かに逃れる呼吸さえ、不二は呑もうとする。何度も角度を変えては蹂躙し、酔うように没頭した。今度は、英二も必死に応えた。
不二が仕掛けるのは、いつだって執着するような行為。とてつもなく甘い苦境を強いられて、恐ろしいほどの快楽に包まれる。どくんどくんと鼓動が煩い。
英二の唇をぺろりと一舐めして、不二のそれが離れた。けれど、圧し掛かる不二の身体が離れることはなくて、触れた互いの熱が擦り合わされて、腰が甘く疼く。ずっと触れたかったのは英二だって同じだ。簡単に身体は火照って、疼いて、激しい衝動が欲しくなる。
不二が、早く欲しい。
英二の首筋を舐めるように下がって、胸の突起を愛撫し始めていた不二に、英二は赤くなりながら早口で告げる。
「不二、不二っ……い、いいから」
「え?」
「そこ……っも、いい」
やっと声を発した不二が、その顔を上げた。一瞬驚いたような表情をしたものの、英二の要求通り、その身を起してベッドに膝立ちになった。
もう何年も不二の為だけに開いてきた身体だ、もう今穿たれても不二に馴染めると感じる。だから、早く。
けれど、覚悟していたのと違う箇所に拘束感を感じて、英二は思わず首を起して不二を見た。
「え……?あっ……や……っ!」
英二の左足首を片手で掴んで、高々と掲げる不二。そのまま英二の柔軟な身体を二つ折りにするように倒してしまうと、英二の呼吸が詰まった。
生理的な涙と苦しさに狭まった視界の中に映る不二が、掴んだままの英二の白い足先から太腿まで視線を這わせて、濡れた唇をまた舌で濡らしているのが見える。
そして、不二の手に拘束されたままの脚の膝裏に、甘く噛み付いた。
「は、ぁ……あぁっ、ダメ、痕、つく……っ……ぁん!」
柔らかいところに刻まれる緩い痛みに、英二は身を捩る。口付けては食んで、舐めてを繰り返す不二から与えられる刺激が、足の爪先まで走って、上半身に至ると顔が熱くなって。
拘束されていない右脚の所在無さに途端に恥ずかしさが込み上げる。
英二でなければ耐えられないだろう体勢は、切なく震える英二自身も奥まった場所も不二の眼前に晒して、あられもない姿だ。
それでも不二は、いや、敢えてか。唇を寄せたその箇所に固執し続けて、英二のぼやけた視界の中に見えるのは、スタンドライトに浮かび上がる不二の顎から首、肩のライン。
ちゅ、と態とらしく音を立てて触れられると、そこから身体の中心にダイレクトに熱が集まって響く。内股が震える。
不二だけが知る性感帯を攻め立てられるには、今の身には酷過ぎる。早く不二に、もどかしい身体を埋めて欲しくて堪らない。
とっくに濡れ始めている自身に手を伸ばそうとして、その手を払われたら、熱いそこを握りこまれた。
「ぅ、あ……も、そこ、やっ……不二ぃ、っん、あ、おねがいだから、ぁ」
涙ながらに懇願して、漸く顔をあげた不二の瞳の強さに背筋が粟立った。欲情している時の、男の不二のそれ。見ていると神経が焼け切れるかと思うような、深くに熔けるような熱を孕んだそれに。
今までもう何度見たか知れないのに、その瞳で見つめられる度に、何故か泣きたくなるほど不二に酔う。
乱れた浅い呼吸をする英二の腰の下に、不二はベッド上に転がっていた円柱状の脚枕を押し込めた。英二が何の枕かと疑問がっていたそれだが、今の英二に気にしていられる余裕はない。
腰の位置が高くなると、不二の右手がやっと左足首を解放した。ずっと掲げられていた脚は力が入らず、ベッドにそのまま落ちる。
「……舐めて」
熱に焼かれている、掠れた声だった。
不二に右手を口元に差し出されるまま、英二は長い指を銜えた。空いた方の手でまた身体の中心を握りこまれて、どくどくと脈打つ自分が判って上気する頬。
涙の筋が幾つもその頬を伝う顔は、きっと酷いものだろうと思うけれど、構ってなどいられない。
戒められた下半身の解放が欲しくて、訴えるように、懸命に指に舌を這わせる。
見下ろす不二が、熱っぽい息を漏らすのと同時に、こくりと喉を鳴らしたのが判った。瞳の奥の欲が煽られたことも。
「っは、……ぁ」
指が離れると、十分な酸素を求めた。浅く、何度も。深く呼吸するのが、何故だか恐ろしかった。
英二が虚ろな目でそうしていたのも束の間、不二の濡れた指が英二の奥に一気に突き立てられた。
「あぁっ!不二ぃ、離し、て……ぇ!あぁ、ん!ア、おか、しくなる……!」
2本の指でいつもより乱雑に激しく内部からの刺激を与えられて、ますます中心に熱が押し上げてくるのに、不二の手に握りこまれたまま。
痛みも気が狂いそうなほどの快感に変わる。蹂躙する指が3本に増やされて、性急に拡げられると、戒められていても先端が濡れた。
何日も、不二に触れられていなかった場所に触れられているからか、それともタヒチという特別な場所がそうさせるのか。
不二を渇望していた身体は、いつも以上に熱に浮かされて、自然と腰が揺れた。
勢いよく指を抜かれたと思ったら、生々しく濡れた不二の掌に脚を更にぐっと大きく開かれて、晒される羞恥に息が詰まる。
奥に宛がわれる熱に、戒めから解放された自分のそれがまた濡れたのが判った。
「……んっ、あ、あぁ―――っ!」
焦らしに焦らされた身体に不二の猛った熱を迎え入れると、英二は呆気なく達した。
咽び泣くように震えながら、頭が真っ白になる感覚に堕ちる英二を、倒れこんだ不二がぎゅっと強く抱く。
耳元で、不二が波を耐えて小さく呻いた声に、英二は少しずつ呼吸を整えた。
左頬に不二のピアスの冷たさが浮かび上がる。こうして熱くなった頬に不二のピアスが触れる度に、不二に抱かれていることを改めて実感する。
ジャグジーで冷えた身体は何処へいったのか判らない。身体の奥で脈打つ不二。全身が沸騰しそうな程熱い。息を吐くほど、目に溜った涙が落ちる。
その涙を辿るように不二がキスをくれる。そして一度、貪るように唇を味わったあと、互いの腹を英二の放ったものが汚したままなのも気にせずに、揺さ振り始めた。
「ぁん、ふ……ア!ぅんっ、」
蕩けそうなほど身体を支配する快感に、英二のシーツを握り締める手に力が篭る。それでも、英二は甘い苦しさに仰け反る首を叱咤して、
啼きながら、恋人を見上げた。
綺麗な顔が、欲情に塗れて、快楽に浸って歪んでいた。眉根を寄せながら、青い目で見ているのは英二だけ。
時折、その目をきつく閉じて波に耐えているのは、不二もまだこの時間を終わらせたくないからかと思う。少し開いた唇から、荒い呼吸をして。
細身だけれど昔より男らしいラインになった上下する肩に腕を伸ばして、英二は不二の首にしがみ付いた。
お互い、タヒチに来てから随分焦れた。こんなに強く、深く自分を求めてくれる不二に、マイタイなどでは味わえない“最高”の酔いを捧げたくなって。
不二の律動に合わせて、腰を動かした。
「……英二、……えい、じ……っ」
「あぁ!ん、あ!ふ、じ……不二ぃ……っ!」
狂おしいほど、不二への愛おしさでいっぱいになる。不二が同じだけの気持ちを返してくれていることは、汗ばむ肌から、
刺すように最奥を突き上げられて湧き上がる熱さから、自身に刺激を与えてくる手から、伝わってくる。
ぐちゃぐちゃと卑猥な音に煽られながら、限界を訴える前に、お互い果てた。
「……ごめん」
何に対してか、不二が口にした一言目はそれだった。
少し焼けた薄い胸を上下させる英二に被さっている、同じようにまだ呼吸の整わない身体を、両腕をついて起しながら。は、と息を吐きながらまた英二を見下ろす。
応えるように、英二は不二を見上げた。いつもさらりと流れるような亜麻色の髪が、酷く乱れて洗いざらしのようになっている。
汗で頬に張り付く髪を払うこともしないままだ。濡れて束になった前髪の合間から覗く目が、また憂うように少し伏せられていた。
疲労感からか、恍惚感からかは判らないが、そんな不二を英二はテニスの試合後みたいだと思いながら見つめていた。
「お前……も、ほんと……俺どれだけ……」
昨日寂しかったと思ってんだよ!
なんて、文句を言うつもりはなかったのに。行為の最中、あまり喋らなかった不二の声を聞くとほっとして、英二は思わず口走ってしまいそうになる。
涙声になりそうなのを、必死で堪えた。
「そうだよね……本当にごめん、英二。勝手に酔い潰れて、記憶もないなんて……馬鹿は、僕だ」
自嘲する不二の視線が、切なくなるほど優しくてあたたかく英二を包んだ。かと思えば、今度は少し照れた様子で視線を彷徨わせる不二。
不思議に思いながら、英二が言葉を待っていると。
「やっと、触れられてさ……それもこんなに雰囲気の良いシチュエーションなんだから、優しくすれば良かったんだけど……英二凄く綺麗で抑えられなくて……。それも謝らせて」
そう言われて改めて気付く。
不二の肩越しに見えるベッドの天蓋。真っ白なレースのベッドカーテンが下ろされて、キングサイズベッドが囲われていて。
ベッド脇に置かれた部屋の照明が、ベッドカーテン越しにオレンジというより、揺らめくように金色に輝いている。
それは蝋燭の灯火のように儚い淡さで、部屋の壁もベッドカーテンも金色に染めて照らす。二晩をこのベッドで過ごした後なのに、同じベッドだと思えないほどに幻想的な空間が出来上がっていた。
そんな場所で、不二に組み敷かれている。認識した途端、また英二の心拍数が上がる。
見上げれば、金色の照明にぼんやりと照らされて浮かび上がっている不二の裸体。鎖骨や上腕に陰影が落ちて、示される均整の取れた身体は芸術品のようで。
もう見慣れたはずなのに、部屋の雰囲気に中てられたのか、眩暈がしそうになる。
不二が言ったような、自分のことは判らない。けれど、目の前にいる不二は、すごく綺麗だと英二は思った。
「ね、不二……タヒチで、」
「うん?」
英二の髪を梳いていた不二が、甘くて低い声で尋ね返す。静かな部屋、耳の奥で心地よく響くその声にぞくりとすると、まだ繋がったままの不二を感じて。
英二は擦り付けるように、ゆっくりと腰を揺らし始めた。そして、不意をつかれた不二を見上げて言う。
「俺に……くれるつもりだったの、全部……ちょうだい……っ」
すぐさま不二がまた熱を持つ。それだけで返事は十分。
不二は口元に微笑を浮かべると、再び英二の身体へと身を倒して。ちゅっと音を立てるように、触れるだけのキスを繰り返す間、英二にされるまま下半身を委ねた。
緩やかな動きでじわりと英二の身体に広がり始めたのだろう熱に、その瞳が蕩けて、内部が締まる。
それを合図に、今度はゆったりと滑らかな動きをもって不二は英二を愛し始めた。
何度も自分の熱を受け入れる細い腰に疼きが込み上げると、暑くなりそうな夜に不二は思わず苦笑したのだった。